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テレワークをデジタルトランスフォーメーションのきっかけに

中小企業診断士 馬場正博

デジタルトランスフォーメーションという言葉を聞いたことがありますでしょうか。デジタル技術が進化している一方、時代の流れで、これまで使ってきた基幹のITシステムが老朽化のため新しいプラットフォームへと大規模な更新を迫られる企業が増えてきています。このため、既存のシステムを単純に更新するのではなく、最新のデジタル技術を活用したビジネスモデルへ経営変革を図る戦略をデジタルトランスフォーメーションというキーワードで表現し、国家戦略の中でもその重要性がうたわれています。

レガシー(既存)システムがない中小企業にとって、デジタル技術を活用した新たなビジネスモデル創出の競争では、過去の遺産にとらわれない分、大企業より有利な立場にあるといえるかもしれません。

 

新型コロナウイルス感染症拡大の影響でテレワークの導入が急速に広がり、日常的な光景となりつつあります。6月に東京商工会議所が実施したアンケートによると、テレワークを実施している企業は全体の67.3%でした。その時点でさらに約10%が実施を検討していたので、現在ではもっと多くの企業で実施されていると考えられます。従業員数の規模別で実施率を見ると、300人以上の会社、つまり大企業を中心に90%が実施済みです。30人未満の会社でも45%で、中小企業でもテレワークの導入が進んでいることがわかります。

昨年までも東京オリンピックにむけ、国や東京都がテレワークの推進に力を入れていました。それでもコロナ拡大直前3月時点の調査で26.7%と今回の半分以下の数字でした。つまり、緊急事態宣言発令の前後で、テレワークを実施している企業は少数派から倍以上に増えて、一気に多数派になったというわけです。

 

実際、コロナ禍への緊急対策で慌ててテレワークを実施した会社も多く、経営者や担当スタッフ、管理職の方々は苦労をされたようです。アンケート回答でも、宣言発令後に導入した会社の課題は、「PC・スマホ等機器の確保」、「ネットワーク環境の整備」の順で、当時は多くの企業が殺到して機器購入も工事も予約で順番待ちが発生していました。

 

そんな急ごしらえのテレワークですが、実際やってみたら意外とできたという声を耳にします。

緊急事態宣言前に導入した会社で生じた課題は書類への押印対応が60.1%で1位でした。宣言後の課題では押印対応は上位5位の圏外となっています。出社が不可能となれば押印対応ができなくてどうしても困る、ということではないのでしょう。

それでも、週に一度など定期的に押印業務で出社をするといったテレワークスタイルの会社もあり、ハンコ文化は簡単にはなくならないようです。

 

テレワーク実施の効果についての回答は、「働き方改革が進んだ」(50.1%)、「業務プロセスの見直しができた」(42.3%)、「定形的業務の生産性が上がった」(17.0%)、「特になし」(17.0%)、「コスト削減」(14.3%)という順番でした。

 

こうして見ると、「ムリ」な残業や、通勤時間の「ムダ」をなくすことで働き改革が進んだり、業務プロセスを見直しして「ムダ」な業務がなくなったり、定形業務に「ムラ」なく集中して生産性があがったり、「ムダ」な移動や執務場所のコストが削減できた、といった「ムリ、ムダ、ムラ」をなくす合理化が、急場のテレワークでもメリットを生んだと考えられます。

 

急に広がったこともあり、会社によってテレワークへの評価は分かれるようです。特に中小企業の回答では、今後の適用範囲の拡大やコロナ後の継続には否定的な声もあがっています。人数規模の少ない中小企業ではテレワークで「ムリ、ムダ、ムラ」をなくす合理化のメリットを実感しにくいのかもしれません。

 

では、中小企業にはテレワーク導入のメリットはないのでしょうか?

 

テレワークを実現するためには、少なくとも業務の見直しでペーパーレス化を進め、社員がPCやスマホなどで仕事ができるようにする必要があります。つまり、少なくともデジタル技術を活用して仕事ができる環境と社員のスキルアップが実現されます。また、社外環境に目をむけると、リモート会議などコミュニケーションツール普及やSNS活用の拡大、ネット通販の拡大、キャッシュレス決済拡大などインターネット関連技術の利用がコロナ対策で加速しており、デジタル技術を利用したビジネスチャンスが拡大しています。

 

中小企業にとっては、テレワークの導入をきっかけに、自社の業務プロセスだけでなく、得意先と調達先も含めた全体のサプライチェーンを意識してビジネスモデルを見直してみることで、デジタルトランスフォーメーションを一気に実現できる可能性があると考えられます。ハンコ文化から抜け出せない大企業に対して、より柔軟かつ大胆に新たなビジネスモデルを生み出すことが中小企業にはできるのではないでしょうか。つまり、中小企業がテレワーク導入のメリットを最大にする方法は、デジタル技術を活用したビジネスモデル変革を先取りしていくことではないでしょうか。

これまで、コロナに対する「守り」で拡大したテレワークですが、アフターコロナを見据えて、今後はIT投資を生かした「攻め」に転じる発想が必要です。

 

出典:東京商工会議所 「テレワークの実施状況に関する緊急アンケート」 https://www.tokyo-cci.or.jp/file.jsp?id=1022367