· 

コロナ禍でアパレル需要はどう変わったか

中小企業診断士 宮崎弘亘

新型コロナウィルスの影響を大きく受けている業種のひとつにアパレル関連事業があります。

ひと口にアパレル関連と言っても様々ありますが、その中でもビジネススーツやコートなど、いわゆる“よそいき”と言われる外出着の需要減少が顕著でした。このことは、都市部の緊急事態宣言の発令や、テレワークの奨励で外出機会が減ったことからも容易に想像できます。どれだけお洒落で格好いい服や靴があったとしても、それを着用していく場所がなければ購買意欲も減退します。

これに加え、持て余した時間を使って“断捨離”の名のもとに不用品をフリマアプリなどで売却したり、欲しかった商品を安価に手に入れたりする動きも増加しました。

 

反対に、コロナ禍において需要が増加した分野として、ルームウェア(在宅時間の増加)やアウトドアウェア(キャンプの流行)があります。また、生活必需品であるインナーウェアなどは需要の落ち込みが少なく、健康への関心の高まりからボディーケア機能を付与した商品などの販売は比較的好調に推移しています。

これらは、コロナ禍による極端な社会環境の変化が消費者ニーズに影響を及ぼした好例です。一個人に焦点を当てると、コロナ禍で生活パターンが変わったことを機に、必要なものを取捨選択した結果、不要なもの・変わらず必要なもの・新たに必要になったもの、が明確になったわけです。現代の衣料品業界において、これほど急速なニーズの変化は前例がありません。

 

TPOが生まれた時代

衣料品に関して、生活と個人が不可分な関係であることを考えるとき「TPO」という言葉を思い浮かべる方もいるのではないでしょうか。これは、VAN(ヴァンヂャケット)の創始者である石津謙介氏が提唱した概念で、時間(Time)、場所(Place)、場合(Occasion)の頭文字を取ったもので、もとは「時間と場所、目的に沿った服装」の必要性を訴えたものと言われています。

 

この言葉が生まれたのは、1964年に開催された東京オリンピックと前後して、所得の増加と共に人々がレジャーを謳歌するなど、言わば大衆が外に向かう時代でした。着用する衣服も仕立服から既製服へと移り、これに呼応するようにファッション産業も大きく変貌を遂げました。TPOは、その意欲的で未成熟な大衆消費を背景に、服装のあるべき姿を推し測るための教育的なモノサシであったともいえます。

 

コロナ禍のTPO

翻ってコロナ禍の現在、消費者のTPOはどう変化したでしょうか?

時間(Time)は、職場や学校、友達付合いといった他人と接する時間から、家族や自分ひとりで過ごす個人的な時間が増加しました。

場所(Place)は繁華街から屋内や自然へ、場合(Occasion)は社会的準拠やお洒落自慢など対外的なものから、心地良さやこだわりの追及など個人を基点としたものに重心が移っています。

先述したコロナ禍のアパレル市場における需要変化の背景には、このようなTPOの「比重」の変化があります。

 

アパレル業界を取り巻く変化への気運

変化したといっても決して従前のニーズが無くなったわけではなく、よそいきの外出着などは相対的に優先度や必要性が低下しているといえます。

コロナ禍の収束に従って、冷えた需要はまた熱を帯びてきます。

しかし、業界の従事者からは「以前のように全く同じにはならないだろう」という声が異口同音で聞かれます。それは、アパレル業界を取り巻く環境の変化とも関係しています。

ECの台頭やオンラインシステムの高度化による販売手段の変化などに加え、超過供給と在庫品の廃棄を繰り返す業界構造や、製造工程で発生する廃水などの環境負荷、過酷な労働環境と低賃金の上に成り立つコスト競争など、アパレル業界に内在していた負の産物が明るみになり、SDGsの波と共に、内外からの是正の気運が高まっていることと無関係ではないようです。

 

コロナ後のアパレル需要

では、「コロナ禍以前には戻らない」としたら、どのように変化するのでしょうか?

 

コロナ禍で、消費者は期せずして自分の生活や身近なものについて入念にレビューする時間を得ました。それは、価値の置き換えや上書きが促進される時間でもあり、あたかも身の回りに溢れるものを断捨離し、必要なものだけを手元に置く作業のようでもあります。

 

コロナ禍を経た世の中は、個々人の新しく更新された価値感を発露として、必要とされるものがTPOに合わせて用いられる時代なのではないでしょうか。事業者は、その価値観の変化にいかに対応するかが、腕の見せどころとなるでしょう。

 

以上