中小企業診断士 宮崎弘亘
私の挑戦
いきなり私ごとで恐縮ですが、昨年、ある挑戦をしました。
一人だけで演じることが条件の某お笑いの賞レースの予選に出場したのです。民法のテレビ局が主催する大会で、基本的にはプロ向けの大会ですが、アマチュアにも門戸が開かれており、だれでも数千円のエントリー料を払えば参加できます。
挑戦の理由
なぜそんな突拍子もないことを…と怪訝に思われるかもしれません。しかし、自分としては十分な理由がありました。代表的なものを2つ挙げます。
まず1つめは個人的な理由で、純粋にやりたかったからです。このブログでも以前書いたのですが、私は演芸という仕事に対して憧れとか尊敬の念があります。もしできることなら、若い頃一時でもその道に足を踏み入れたかったと後悔に似た気持ちがもたげていました。もとより才能がないことに気づき、早々に諦めていたかもしれませんが。
2つめは仕事上の理由です。ここ数年のAIの進歩は目覚ましく、さまざまな産業分野での利活用が実用段階に入っています。筆者が属する業界も例外なく、AIを使って仕事を効率化している話を耳にすることが多くなりました。一方で、定型的な仕事はAIに取って代わられ、出番がなくなる危機感も増しています。これに対抗するため、舞台に立って出し物をするという、AIが逆立ちしてもできなさそうなアナログスキルを鍛えたいと思ったからです。
その他にも、仕事で人前に立ち、聴衆の反応がない中でしゃべり続けることに慣れたことや、起承転結のある文章を書くことが多少なりともできるようになったこと、年齢的に最後のチャンスかもしれないし「やらぬ後悔より、やって後悔」と思ったこと、など自分の能力や環境、思考面も作用して背中を押しました。
準備期間
かくして、手続きを経て予選日の通知が手もとに届き、出場に向けた準備をすることになりました。
といっても私は完全なるアマチュア、人前で演じるなど学生時代の学芸会以来、ましてや一人となると全く経験はありません。予選の一か月前は、プロの寄席やアマチュアのお笑いライブに行ったり、動画を見てネタの作り方を学んだりと、合間合間に必要そうなインプットを重ねました。私に与えられた時間はわずか2分です。
2分という時間で、設定を理解させて最低限「この人は何をやっているのか」を分かってもらう必要があります。そこに笑いの要素を入れることがどれほど難しいか、予選の1週間前に気づきました。
私は、多少絵を描いていた経験があったので、それを生かして画用紙に絵や文字を描いたものを用意し、フリップを使った漫談をすることにしました。いわゆるフリップ芸というやつです。試行錯誤しながら、スムーズにいけば2分で完結するネタを考えました。A4の紙に打ち出したセリフと、それに合わせて使う8枚のフリップが完成したのは予選の2日前でした。前日は、本番でネタが飛ばないよう、カラオケボックスにこもって猛練習しました。
本番を迎えて
そして、本番の日を迎えました。
会場は小劇場で、テレビ局が主催なだけあって1回戦ながら舞台の装飾は立派なものでした。否応にも緊張感が高まりましたが、ここまで来たら勢いあるのみ!と自分に言い聞かせ、本番に臨みました。その日だけで200組ほどが同じ舞台で演じます。
演者が待機する楽屋には、駆け出しと思われる若い演芸人たちがおのおの壁に向かって練習したり、イヤホンを耳に集中したりと出番を待っていました。その姿を見て、真剣に夢を追う彼らに、自分は少なくとも顔向けできるだけの準備をしてきたと、内心に安堵感を抱きました。
いよいよ、私の出番がきました。
舞台袖から「どうも~」と出ていき、暗闇にちらほら見える観衆を見ながら覚えたセリフを大きな声で言い始めました。いくつか言葉を吐き出したのですが、ふいに次の言葉がでてきません。そうです、ネタが飛んでしまったのです。言いたいことはわかっていのるのですが、単語が出てこない。一番、恐れていたことが起こってしまいました。
体感では、舞台上で5秒くらい静止していたように思います。目の前には微動だにしない観客の影。永遠に続きそうな沈黙を打ち破るべく、何とか意味が近い言葉を繋ぎ、急場をしのぎました。その後、ややかけ足気味で、2分を少し越えたくらいでネタを終了。「ありがとうございました~」で舞台を掃けました。結果は言うまでもありませんが、一回戦落ちです。
失敗はありましたが力を出し切った満足感と、自分がいかにもちっぽけな存在であるような何とも言えない感情でその日を終えました。人前で演じるなど、そう簡単にできるものではない。頭ではわかっていた当たり前のことをイヤというほど、知らされました。しかし、理屈で分かるのと、体験して理解するのでは雲泥の差があるように思います。
一人反省会にて
意気消沈も和らいだ数日後、一人反省会と居酒屋のカウンターで一杯やっていると、ふとしたきっかけで隣に座っていた男性の二人連れと談笑する流れになりました。話のツマミにと、大会に出たことを話しました。
すると、そのうちのおひと方は若い頃、お笑い芸人を志していたことがわかりました。しかし自分は才能がないと諦め、一般の会社に勤め始めたそうです。私の挑戦に共感してくださり、ネタが飛ぶ不甲斐なさにも寄り添い、エールを送ってくださいました。
私の「若いころ、できることなら・・」を地で歩んだ方との偶然の出会いはとても貴重で、得難いものです。このとき初めて、やってよかったと心から思いました。その後、ことあるごとに、このことを話しています。すっかり、私のネタになってしまいました。
次回のエントリーはまだ思案中ですが、何ごとも場数が必要、もし出場するならアマチュアサークルの舞台に立つなど、鍛錬が必要であると思っています。そして、どんなこともやってみなければわからない、新しい発見はその先にある、これらが今回の挑戦で私が学んだことです。
以上
